雀のしっぽ。

フィクションとノンフィクションです。

緑色に殺されたい。

まともになりたい。

普通になりたい。

生きいていいんだって自分を肯定できるような人間になりたい。

 

気が付いた時には、つらい時につらいって助けを求める方法が分からなくなってた。

 

子供の頃、転んで怪我をした時に「泣かなくていい子だね」って言われるでしょ。

だからまるで泣くのは悪いことみたいな気がして

いい子でいるために泣かなくなった。

嫌われないように泣かなくなった。

へらへら笑うようになった。

 

もうとっくにいい子なんかじゃないのに、人前で泣けなくなった。

 

 

人前で泣くのは、「可哀想な私」を振りまくみたいで、気持ち悪いなぁと思う。

 

どうしてみんな、悲しい時に悲しいって泣ける

んだろう。

どうしてみんな、自分の感情を躊躇いなく表に出して生きていられるんだろう。

 

人が死んだって泣けなかった。

死ねって言われたって泣けなかった。

殴られたって泣けなかった。

泣いちゃいけないって自分に言い聞かせていた。

 

泣いたら、負け。

 

感情の衝突で喧嘩になるし、

感情の差異で空気が読めないと言われるし、

ましてや、マイナスの感情なんて押し殺して、どこか狭い所へしまい込んで

にこにこして頷いてさえいれば平和にやっていけるんだからそれでいいじゃないか。

 

まぁ、そうやって押し込めてきた物が収まり切らなくなって、時々自分が潰されてしまうんだけど。

 

好きな人だからこそ嫌われたくないし

嫌われたくないからこそ見せたくないし

でもそれってつまりホントの私じゃなくって

上っ面で、猫かぶって、八方美人で

 

でもありのままの自分でも好きでいて貰える自信なんてないから

また私は「大丈夫」って嘘をつく。

 

今日だって ちょっと喋りすぎた。

失望されたかなぁ、嫌われたかなぁ、って

不安がぐるぐる煙に乗って渦をまく。

 

嫌われないって信じたい自分と

嫌われてしまった後のことを考える自分と

失望して私を嫌いになってしまった誰かと

私は何を信じたらいいんだろう?

 

あと何回「ほら、やっぱりね」って

作り笑ってサヨナラを言えばいいんだろう?

 

君の言う「ずっと」はいつまでなんだろう?

 

だからって「ずっと愛していてほしい」なんて重い言葉を口にするくらいなら

薄っぺらでもいいから不安なんてなくて幸せなフリをしていたい。

 

嫌われるのが怖い。

終わってしまうのが怖い。

自分ですら肯定出来ない私という存在を否定されてしまうのが怖い。

 

(自分で自分を肯定出来ないから、誰かに愛されて肯定されて生きているなんてなんだか愛玩動物みたいだけど。)

 

 

いつか流行った映画で

「ありのままの姿を見せる」なんて歌があったけれど

こんなダメな所だらけの自分で

いい所なんてひとつもないのに

どうやって自分自身を肯定しろっていうんだ。

 

 

やめたけど、また煙草でも吸おうかなぁ。

(全然ハマらなかったし、あっさり辞められてしまったし、結局金使いたくないから吸わないんだけどさ)

 

煙草は緩やかな自殺だそうだから、私も緩やかな自殺がしたい。

なんなら、ヒ素でも飲んで毎日少しずつ命を縮めたい。

 

(どうでもいいけど、エメラルドグリーンとかシェーレグリーンの色素にはヒ素が混ざっていて昔の画家はそれでよく中毒死をしたらしい。今は使われてないだろうけど、緑色に殺されるってなんか素敵。)

 

化けの皮が剥がれて、醜い私がむき出しになって、嫌われてしまう前に

綺麗なまま、好きな人に愛されたままそっと死にたい。

 

なんてことをしているから、きっとまた嫌われるんだろうな。