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雀のしっぽ。

ひっそり生きている

海に辿り着けない呪縛霊の話

 

子供の頃、夕方になると鐘が鳴って、それが聞こえたら家に帰らなくちゃならなかった。

帰りたくなくて、何度か約束を破って暗くなるまで遊んでいたことがあった。

帰ったらすごく怒られたけど、鐘が鳴り終わった後の時間は、怒られた分以上に楽しくて魅力的だった。

 

あの頃の私は、「自分のしたいこと」がちゃんと出来た。

「怒られること」と「自分の意思」を比重にかけて、もちろん本当に悪い事はダメだけど、許される程度のわがままを見極めてやることが出来た。

 

いつの間にか、普通の事ですら出来なくなってしまった。

全ては親に「怒られない」ために。

 

中学生みたいな門限。

破ってしまえばいいのに、時間を過ぎると怖くて仕方がない。

怒鳴る声が聞こえてくるような。

まだそこに居たいはずなのに、「帰らなきゃ帰らなきゃ」「帰れ帰れ」と声が聞こえてくる。

いたたまれなくなる。

みんなが当たり前に笑って過ごしているのが遠く感じる。

 

帰ったら、嫌いな人達だけがいて、またわけもわからないことで怒鳴られて殴られて、ひとりで泣いて

 

怖い。

 

帰りたくない、2度と帰りたくない、2度と会いたくない、あんな恐ろしいところにいたくない。

そんなに嫌ならもう帰らなければいいのに

それでも私は「帰らなきゃ」って思うんだ。

 

きっと私は親に縛られた呪縛霊になってしまった。

やりたい事も、言いたいことも、

それが正しいかどうかとか、自分が幸せかどうかとかじゃなくて

親に怒られるか怒られないかでしか選べない。

 

出掛けたい、出掛けたら帰るのが怖い、帰れない、それでも帰らなきゃ、帰らなきゃいけないから出掛けたくない。

 

どんどん縛られていくだけ。

 

 

そうして縛って私を幸せにするつもりだそうだ。

籠の中で飼い慣らして、水槽の中で愛でて、

美味しい餌と安全な環境を与えて

言葉を覚えないと怒鳴って、躾と称しては殴って

まるで玩具のペットみたいだ。

 

 

私が欲しかったのは、

人より良い学歴でもハイブランドな持ち物でも有機素材にこだわった食事でもなくて

ただ安っぽい幸福感と自分の羽で飛べる自由だ。

 

綺麗に整えられたダイヤモンドなんていらない。

海辺に落ちている青い硝子の欠片が欲しかった、それだけなんだ。

 

 

ただそれすらも私は拾いに行けない。

まだこの家に縛られたまま。

 

 

日が暮れると海と反対方向を向いて歩き出す。

私は今日も家に帰る。