雀のしっぽ。

ひっそり生きている

0.02mmの友情

私は友達が少ない。

学生時代の友人のリア充ツイートやinstaglamの投稿を見ていると時々笑ってしまう。

「〇〇と呑みー笑」
「彼氏と3ヶ月記念日♡これからもよろしくね♡」
「サークルのメンバーで焼肉〜!」

お前ら…元気だな…

かくいう私もリア垢というものは持っていて
しかもご丁寧に、普通の友達用と、建前上仲良くしないといけないあんまり好きじゃないお友達もフォローする用アカウントがある。
わざわざ嫌いな人とまでインターネットで繋がる無意味さは、ある種現実的であるし合理的にも錯覚する。
そもそもそんなの友達なのか。

そんな御付き合い向けのリア垢というのはとても体裁がうるさい。
ツイートは多すぎるとよくない。1日1ツイートもすれば良い。
明るくない話はあまり好まれないし長文も好まれない。
万人に伝わるネタでなくては冗談もいけない。
誰かと遊んだとか、美味しいものを食べたとかそういう写真付きのツイートをすることでリア充アピールをする必要がある。
自撮りは顔面偏差値に関わらず人気のない子が晒すと陰で叩かれる。

なんて面倒くさい世界。
大体なんで卒業前も大して話さなかったお前らと私の生活を共有しなきゃならないんだ。
こういう鬱陶しい付き合いが嫌いで、学校を変わる度にどんどん友達って切ってしまった。
むろんこちらから連絡をしなければ相手からなど1度も連絡も来ないし、結局相手もその程度にしか思っていなかったということが如実に現れている。
私が築いてきた友情なんてとても薄情だ。

そんな私が高校の同窓会のクラス幹事になってしまった。
というのもクラス全員にジャンケンで負け続けた結果なのだけれども。
故にある程度高校の友達とは繋がりを持っておかなくてはならない。
そんなわけでリア垢を後から作ったわけだ。

だからそんなリア友と繫がるためのSNSではよそ行きのツイートばかりする。
美味しい物を食べる度に写真を撮って加工をして、友達と遊んだらその場ですぐ写真をツイートして、さりげなく彼氏がいるアピールをして、毎日充実しているふりをする。

そうした御付き合い用ツイートをたまに見返すと、自分で笑ってしまう。
リア垢の中の「誰にでも嫌われない普通の人生してる私」はまるで私以外の別人みたいだ。
それと同時に、タイムラインに写真をあげてる彼らは素でそんなことをしているのか、それとも私と同じく御付き合い用の投稿のかと思うと、やっぱり笑いが込み上げてくる。

そして彼らの投稿を見ていると価値観も考え方もノリも合わないのを再確認するし痛感する。

卒業前に毎日仲良くお弁当を食べてたあの子も
「遊ぼうね」なんて言ってそれから1度も会ってないあの子も
「いつめん」なんて流行りのくくりで格付けされたメンバーも
あれから1度も個人的に連絡を取っていない。

まぁ今更話すことなどないし(現に名前すら曖昧になってきている)、仮にお互いの今を話したとして理解し合えるとも思わない。
なんならインターネットで自己顕示欲とアイデンティティを振りかざすメンヘラちゃんの方が数百倍お友達になれそうだと思ってしまう。

やっぱり私の友情なんてとても薄情で、0.02mm以下のうすっぺらいものだと思う。