雀のしっぽ。

ひっそり生きている

最近呟いてたことのまとめ。

happy
happier
happiest

幸せの大きさなんて
誰を 何を基準に決めるんだろう。

自分らしさが欲しいのは
平凡の中に埋もれてしまわないため
自分の世界に生きようとするのは
他の誰かと比べられないため

そんなの普通だと思うんですよ。

誰かにとって当たり前のことが
あたしにとっては夢にみた話で
あたしにとっての日常が
世界の裏側の誰かの送りたかった生活で

比べるから幸せになれないんだと思う
でも、比べるから幸せになれるんだとも思う。


少し話はズレますが、
先日こんな話をしました。

「彼女居るのに風俗行くのはありえない」なんて言ってる人がいたけど
それって相手は良くも悪くもその道のプロなわけで
てことは、それは
「私の手料理食べたらもうレストラン行かないで」
って言ってるのと同じだと思う、って。

そりゃね、料理と比べたら少し重みが違うかもしれないけど。

(あ、病気貰ってこられたら怖いって意見を頂いたんですが、それは一理あるかなと思いました。でもそれもう自己責任だよなぁ。)

何が言いたいかっていうと

きっとそんな風に言える人は
「私だけを見てもらえることが当たり前である」
と思える人なんだろうな、という話。

パートナーが出来たら、相手だけを愛し愛されるのが当たり前
疑われるようなことはしないのが当たり前

生きてきた環境がそういう「当たり前」で出来た良い環境だったのか
はたまた、「当たり前」が存在しなかった環境のせいで自分や身近な人が苦しんでいたのか
どちらかは知らないけども。

価値観や、幸せの基準て、これと同じことだと思います。

もうひとつ例え話。

「どこからが浮気か」って話。
この基準の違いでよく友達のカップルが揉めてます。
(よく揉めてるんだから、それだけ長く続いてるってことなわけで、仲良いようで何よりです)

手を繋いだら浮気だとか
2人で出かけたらもう浮気だとか
基準はまぁ色々でしょうけど。

あたし的には、
「隠す必要があったら浮気」かなと。

別に隠さず話せる話なら
2人で会おうが、手を繋ごうが、キスをしようが、寝ようが構わない
って言いきれます。

極端な話、彼氏が俳優だったら仕事でキスシーンでもなんでもあるだろ。
そんなの気にしてられっかよ。

って言うと、なるほど寛大で肝が座ってますね、って言われますが。
まぁ、別にそんな正当な理由なんてなくても構わないわけです。

「可愛い女の子がいたからナンパしちゃった」
「遊びたかったので仕事先の女の子と泊まりに行っちゃった」

好きにしてくれ。
遊んだ話を出来るなら、どうぞ大いに遊んでくれ。

さっきの風俗の話じゃないけど
「行ってきたわ」「遊んでくるわ」って話せるなら咎める気はない。

相手のことが本気で、あたしより上の存在になったら、きっと隠すでしょう。
全部話せる相手なんて所詮「遊び」でしょう。
それをいいことに「遊び」のフリして本気になったら、話せないことが出来てボロが出るでしょう。

あたしは、あたしが一番であれば、
他に何番目までその下が居ようと構いません。

という話をしました。

「ありえない」「一番なら一番だけ選ぶのが当たり前だろう」
って言われました(´・ω・`)

なんでそんな風に思えるのかって。

恋愛の話ではないけれど
長いこと、ずっと一番になりたかったのに、絶対に二番以降にしかなれないっていう経験をしていました。

それはもう、努力じゃ届く場所じゃなかった。
二番目までたどり着いても、一番が一番である限り
二番目はその次で、遊びで、ついででしかない。
何人その下にいようと、二番目以降全員と一番を比べても一番は一番なんだ。

「一番がいるなら一番だけでいい」なんて
そりゃそれがベストかもしれないけど
じゃぁ自分が一番になれたとして、二番目以降全員を足しても自分が勝てるほど、自分に価値があっただろうか、劣るところはないだろうか。
あろうとなかろうと、それでも一番は一番なんだ。選ばれたから。

じゃぁ二番目以降なんかいてもいいじゃない。
あたしに足りないならそっちで補って、それでもあたしが一番になれればそれでいいじゃない。

つまり?
ただ一番で居たかった人の話。

歪んでるんだろうか。
でもそれだってやっぱり
彼女らに「当たり前」なことがあたしには「当たり前」じゃなかった。

誰かにとっては「不幸」みたいだけど
それでもあたしは「幸せ」になれた。

別に、浮気を擁護しているわけじゃないよ。
それでどちらかが不幸だと感じるならそれは「悪」だ。
でもそれでどちらも不幸にはならないなら、それで幸せだと感じられるなら。

それはそれで幸せの形だと思うのです。

『コンパスで測った正円が綺麗だという人も居れば、フリーハンドの渦巻を綺麗だという人もいるのよ』