雀のしっぽ。

フィクションとノンフィクションです。

踏み外す

 

ずっと普通の土俵で生きてきた。

そして「普通じゃない」ことを嘆いている。

 

普通じゃないくせに普通の人と比べるからしんどいわけで。

 

周りの普通を全部ばっさりさようならして

Unrealとこんにちはしたら

少しはこの息苦しさもなくなるんじゃないかな。

 

普通の土俵から降りること

私という人間を捨てること

もうおしまいなのは分かってるけど

どうせ死ぬならそれもありかなぁ

 

まぁでもやっぱそこまでして生きなくていいか

って結論にいつも至る。

知った口を聞くな.com

 

「仲悪いのは知ってるけどなんだかんだここまで育ててくれた血の繋がった親なんだから、そんな風に親のことを悪く言うのは良くないよ。もう子供じゃないんだからそれくらい分かるでしょ。」

 

「そういうことは、血の繋がった親に包丁突きつけられて死ねって言われる経験をしてから言ってくれ。」

 

幸せにぬくぬくと生きてきた人に、私の人生を語られたくない。

私に親なんかいない。

 

春だねぇ

春は嫌いです。

 

桜が綺麗だし、暖かいし、なんだかみんな楽しそうだし、節目の季節だから。

 

今日もお布団の上でInstagramを眺めては

同級生の大学の卒業式だとか、卒業旅行だとか、就職先の研修だとか

なんかそんな最高にクソつまらなくて幸せそうな投稿を鼻くそほじりながら見てます。

 

正直、羨ましい。

当たり前に生きて、当たり前に幸せだと言えて、当たり前に明日が来る

 

その反面、自分はそういうクソつまらない大人にはなりたくないなって思って生きてきたし、もし仮にどこからか人生をやり直せるって言われても私はきっとやり直さない。

 

クソみたいな人生だなって思ってる。

なんだかんだ、自分なりに他の人とは違う人生で何かを得てきたとも思えない。

誰かと比べるものじゃないって理解してたって、やっぱり比べて「私は不幸だ」って思う。

 

でも私は私の選択に後悔したことはないし、やり直したいとも思わない。

クソみたいな人生で良かったなんて微塵も思わないけど、仮にどこかからやり直して普通の人生を目指したってきっと私は私にしかなれないし、幸福かどうかだって今以上にもそれ以下にもなれない。

 

辞めてしまった好きだったものも、出来なくなってしまった普通のことも、落としてしまった当たり前の感覚も

全て失うべくして失ったし、そういう空っぽで残りカスみたいな人間が私自身だ。

 

死にたい私を肯定したい。

それと同時に生きたい自分も肯定したい。

 

みんなが当たり前に朝起きて出勤して上司に頭を下げて仕事が終わったらお酒を飲みながら仕事の愚痴を言って帰ったら死んだように眠ってそういうことをしている間に

私はとりあえず今日生きている私を褒めて、明日も生きているために食事をして、明後日も生きている自分のために生きている理由を見つけたい。

 

そうして当たり前に生きられるようになりたい。

 

ピアノもまた少しだけ弾いてみたい。

絵も少しだけ描いてみたい。

カメラを持って散歩がしてみたい。

好きな人達に気楽に会いに行きたい。

 

でもそんなことよりまず、なんか出来そうなバイト探さないとケータイが止まる…。

 

 

 

 

 

死にたい呪いをかけられている

根本的に自分が生きている価値のない人間だと思っている。


とか言いながら、それなりに普通に生活しているし、好きなものも嫌いなものもあるし、楽しい時には笑うし、悲しい時は泣く。

 

なんだかとても人間をしている。

 

それでもやっぱり私は私を生きている価値のない人間だと思う。早く死にたいと思う。死ねばいいと思う。

 

何十年もかけて向けられた悪意は呪いだ。

「お前は生きている価値がない」と毎日刷り込まれた人間は、心の底で自分を肯定出来ない。大切に出来ない。

口でそんなことないと言ってみても、自分は死んだ方が良い人間だという無自覚の闇をどこかで抱えている。

 

毎日がとても楽しくても、今日どんなにいい事があっても、どんなに素敵な人に出会っても

私は私に対しての殺意を持ったまま。

呪いは解けないまま。

 

ああ、はやく死ねないかな。

 

 

 

好き、嫌い、才能がない。

‪幼稚園くらいの頃、ピアノが大好きで本気でピアニストになりたかった。‬
‪ピアノばっかり引いてたし、友達の誰より弾ける自信があったし、実際弾けた。‬
‪幼稚園の先生が弾いてる伴奏もなんとなくで耳コピ出来た。‬

 

小学生になって、伴奏を任されるのはいつも私だった。

この頃にはピアニストになんてなれないことはとっくに分かっていたけど、やっぱりピアノが好きだった。

 

この頃、6歳下の妹も私の真似をしてピアノを始めた。

6年も私の方が先に始めたのだから当たり前に私の方が上手くて、妹は私と比べられることが嫌ですぐピアノを辞めてしまった。

 

妹が辞めたあとのレッスンのある日、ピアノの先生が

「ピアニストになれる素質やセンスは妹ちゃんの方があったのに、勿体無いね」って、ぽつりと言った。

 

あー、そういうもんなんだー。

どんなに努力したってどんなに好きだって、素質がある人間には勝てないんだー。

 

って小学生にして悟った。

 

夢なんて馬鹿げてるなぁって、なんともつまらない子供になった。

多分もうこの頃にはひねくれてた。

 

結局高校卒業までピアノは弾き続けたけど、私より上手い誰かに出会うたび、私はどんどんピアノが嫌いになった。

 

今はもう触ってすらない。

 

xxx

 

中学生くらいの時、絵を描くのが大好きだった。

みんなから絵が上手いって褒められたし、授業も聞かずに好きな絵ばかり描いていた。

とってもひねくれたクソガキに成長していて、自分に素質がないことなんて分かりきっているから本気で取り組もうとはしなかった。

 

まぁ家系に、プロの画家やら、水墨画も油絵もこなしちゃうような人間離れした素人アーティストやらがいて、絵に関して自分が才能ないってことは本気で痛感していたのだけれど。

 

まぁそれでもなんやかんやあって最終的に高校で基礎デッサンは少しだけ勉強した。

やっぱり絵が好きだったからデザイン系の専門学校に進学した。

 

商業デザインは難しい。私の感性はぶっ飛びすぎてて箸にも棒にもかからない、らしい。

求められている物は作れない、求められている物が分からない、私が綺麗だと思えないものばかりが採用されていく。

何がダメなのか分からない。何がいいのか分からない。

 

体調やらほかの理由も沢山相まって

 

辞めた(°∀。)

 

 

やりたいものと好きな物と素質が一致している人っていいなぁと思う。

私はやりたいものは大抵向いてなかった。

多分、どんなに向いてなくたって、がむしゃらに頑張って努力し続ければそれなりにはなれるんだと思うけど、「向いていない」「人並み以下」だと分かっていながらそれを好きでいつづけることは私には出来なかった。

 

もしかしたら、最初から好きでもないのかも。

他人の評価の中で生きているから「上手だね」と褒められたからそれが好きだったような気がしているだけで。

 

ピアノも、絵を描くことも。

好きだから上手くなったわけじゃない。

上手いって言われたから好きなんだ。

 

じゃぁ私は何が好きなんだろう…?

私の好きってなんなんだ?

私の才能って何にあるんだ?

 

未だに自分の好きも得意も分からないままぬるぬると生きている。

 

 

 

自分の人生を振り返っているうちに纏まらなくなった。

私はいい子にならなきゃいけなかった。

成績は一番じゃなきゃいけなかったし、絵も上手くなきゃいけなかった。学級委員にならなきゃいけなかったし、ピアノは学校で一番上手くなきゃいけなかった。先生からも友達からも「ちゅんちゃんはすごいね」って思われなきゃいけなかったし、私はそういう存在でいなければいけないことが当たり前だと思っていた。

小学生のうちから「一流大学に入るんだ」と刷り込まれて、そういうレールに乗った人生が当たり前だと思っていた。そして、まさか10年後の自分が正反対の所にいるなんて疑いもしなかった。

 

そのためにテレビやゲームやそういった娯楽を親に排除されることをそんなに苦痛としていなかったし、自分がいい子に出来なかった時に怒鳴られて殴られることも仕方ないと思っていた。

 

でもどんなにいい子にしても、ゲームもテレビも流行りの曲も何ひとつ知らない私はひとりだった。

誰とでも話せたし、誰とでも遊べた。でもグループを組めばいつも余った誰かと組まされて、いい子の私はそれを快く受け入れなきゃいけなくて、私はみんなの一番にはなれても、誰かの一番にはなれなかった。

 

そして友達に「ゲーム持ってないからちゅんちゃんとは遊ばない」と言われたあの日、私はいい子でいることを辞めた。

 

いい子でいることなんて望まなかった。私はただ普通になりたかった。でもとっくに周りからの私のイメージはいい子だったから、私は普通にはなれなかった。いい子じゃなくなるために悪いことをたくさんした。親はいい子でなくなった私を殴ったし、いい子でなくなった私は親が嫌いだった。いい子じゃなくなったことを病気のせいにするために虚言癖だアスペだと理由を付けられた。そして小児精神科送りにされた。

 

そんな環境から逃げたくて、ちょこっと受験勉強を再開して大したことない私立中学に入った。そこでもやっぱり普通になれなくて、今度は人前で食事が取れなくなった。初めて死にたいと思った。死のうとした。睡眠障害摂食障害なんて名前を付けられて、1年で公立に転校した。

 

転校した先で一番最初に話しかけてくれたのは学年で一番嫌われている子で、私はとばっちりでいじめの対象になった。きっかけはともかく、いじめなんて大体いじめられる側に原因はあるし、当時の私はお世辞にも見た目に気を使っている人ではなかったので当然と言えば当然だった。人間なんて大半は見た目だ。それを証拠に、ちょっと派手な格好をして、似たような趣味の友達とつるんで、一緒に学校をサボって、ヤンキーの彼氏が出来たら誰も私の悪口を言う人はいなくなっていた。摂食はその間にいつの間にか克服した。
多分私の顔面至上主義精神はここで形成されたと思う。

何にせよ私はまた普通にはなれなかった。相変わらず親には殴られたし、いい子じゃない私は死ねばいいと何度も言われた。私自身も普通が分からなくなっていたし、普通なんて自分から程遠い物に思えた。

 

そんな状態で全く勉強なんかしなかったのに、人生がイージーモードで高校に受かった。正確には、どうしても私をいい子にさせたい親が中学の校長を脅して高校の推薦を取り付けた。

大学付属の女子校で、成績さえそれなりに取っていればエスカレーター式で進学出来た。高校は結構好きだったし学校の中ではそれなりに普通に出来ていた気がした。それとは反対に体調はどんどん悪くなって、朝動けなくなったり電車で倒れたりするようになった。そしてネット禁止、門限7時、男友達禁止って縛りがたくさん出来て、守らないと親に殴られた。その度に死にたいってノートに書き殴って、やっぱり私は普通じゃなかった。居場所がなかった。肯定されたかった。

もう普通じゃなくたっていいから、私は私として生きていたかった。

 

高校を卒業してすぐ、髪を青に染めた。私はやっと私らしさを手に入れた。

4年も親元にいたくなかったので、大学への進学権を無断で放棄して専門学校に入った。めちゃくちゃ怒られた。当たり前だ。

ネイルとかメイクとか美容系の仕事がしたかった。「そんな職業で食べていけるわけがない、ちゃんとした企業に入れ」って全否定されて、妥協してWeb系の学科に入ったけど上手くいくわけもなかった。転科してデザイン科に入った頃には体調が最悪で、学校に通えなくなった。結局辞めた。

親の気に入らない物を私が選ぶ権利はないので、親が嫌いなバイト先は辞めさせられたし、髪も服装も友達も全て否定され続けた。いい子でない私は要らない物だったし、私は私でいることを否定された。どんなに存在を否定されても、どんなに生きていることを非難されても、派手髪をしている限りは私は自分を肯定出来る気がしていた。それが唯一のアイデンティティだったし今もそうだ。

 

毎日怒鳴られて、殴られることに怯えて、いい子の私を望まれて、親の機嫌を取ってニコニコして、1人になったら毎日泣いて、精神をすり減らしてぎりぎりの所で生きていた。

このままここに居たら、死んでしまうか殺してしまうかのどちらかだと思って、家を出ようと決めた。クソみたいな体調に鞭打って時給の良いフルタイムの仕事を始めた。

仕事は楽しかったし、好きな仕事だったし、職場はいい人ばかりだったけど、ある日朝起きたら体か動かなかった。全身原因不明の激痛で、トイレとベッドを往復するだけの生活になった。どうして普通になれないのって、毎日泣いた。

普通に生きたかった。普通になりたかった。普通に幸せだと思ってみたかった。

ただ毎日泣いて、死にたいって繰り返して、何回も死のうとして、元気がある日はSNSに自撮りを載せて自己顕示欲を満たしてそれで自分をやっと肯定出来て、月に2、3回家から出て、家から出る度に帰りたくなくて、仕方なく帰った後はまた死にたくて。

 

ここまできて小学生から通い続けた精神科でやっと「気分変調症」「自律神経失調症」と診断された。本当は中学生の時には診断されていたらしいんだけど、親が私に伝えないようにと頼んだらしい。医者ってクソだなと思った。どうせお金もないし、薬も効いた試しがないので行くのも辞めた。

福祉制度を使って家から出ようをして、保健所や市役所に相談に行ったけど、親の収入とか持ち家だとかそういう理由で私が受けられる制度はなかった。国ってクソだなと思った。障害者手帳とかいう、なんの足しにもならないコンプレックスの紙きれを手に入れた。

 

そうして死んだように生きて1年半。

 

同学年の友達が就職だ社会人2年目だと言っているのを横目に、こんな歳にもなって仕事はおろかバイトも出来なくて私はなんで生きてるんだろう、大嫌いな親に養ってもらって、それでも生きていなくちゃいけなくてどうして?

いい加減普通にならなくちゃ、頑張らなくちゃ嫌われてしまうって何かをする度結局上手くいかなくてまた死にたくて。

 

普通に起きて、普通の格好をして、普通の物を食べて、普通に家を出て、普通に仕事をして、普通の家に帰って、普通に笑って、普通に泣いて、普通に寝て、普通にまた明日を生きる。

それだけのことだよ。なのに何ひとつ普通に出来ない。

 

頑張れよ私。

 

死にたいなって毎日思って、もう幸せになりたいより、親への殺意より憎悪より、「全て失くして楽になりたい」で、なんで普通の人は生きていくことを当たり前に望めるだろうってとても不思議で、それでも結局死ねなくて、どうしてか生きていて、早く誰か私を殺して。

全部無駄

辛い時に誰かに助けてなんて言えないから

言ったところでなんにもならないことを知っているから

 

だから

汚いものは水に流すように

やり場のない死にたい気持ちは文字にして

 

こんなくだらないブログを書いたり

5人くらいしかフォローしていないTwitterアカウントで垂れ流したり

もう何年もにそうして生きてきたんだけど

 

なんかそれすら面倒くさくなった

(って言いながら今これを書いてるんだけど)

 

死にたい気持ちを言葉にして

死にたい自分を肯定出来たら

少しは楽になれる気がしていたんだけど

なんかそうでもなくなって

 

こんなこと書いてもなんの意味もないなぁって。

 

言ったって書いたって伝えたって

何も変わるわけじゃないんだから言葉なんていらないな。

 

死にそうで足掻いたって疲れたって

幸せになんかなれっこないんだから

とっとと死んじまえよってかんじ。