雀のしっぽ。

死にたい時に書くブログ。フィクションとノンフィクションです。忘れっぽいのでその日によって主張が変わります。

居場所

 

質問箱に「自分の居場所をどこに見出してますか」という質問がきた。

久々に回答に詰まった。

 

実のところ居場所なんてまるでどこにも見出していない。

 

居場所ってそもそもなんだろう。

 

自分が必要とされている場所?

自分の存在を認めてくれる場所?

まぁなんかそんな感じだよね。

 

どちらも今の私にはないと思うなぁと、少し悲しくなったり。

 

でも私は私が居たいと思うところにいるよ

居たいと思うところが私の居場所だし

今居る場所が居場所だよ

 

誰が認めてくれなくたって

堕落した自分も全部ひっくるめて自分で認めるしかない

 

誰にどんな言葉を投げつけられても

誰にどんな悪意を突きつけられても

生きたい場所で 吸いたい酸素を吸って 聞きたい音だけ聞いて生きて

 

いつかは死ぬ

unhappy birthday to me

タイムスリップした

気が付いたら自分が生まれた日に居た

 

目の前にいつか写真で見た両親と生まれたばかりの私がいる

 

ここで自分を殺せば、私はこんな人生過ごさずにすんだのよなぁなんて私は赤子の首に手を伸ばす

 

楽しいことも悲しいことも知らないまま

生まれなかったことにしてしまいたい

消えてしまいたい

無駄な23年間をを取り消しにしたい

 

そこで目が覚めた

 

タイムマシンが出来てくれたら生きる苦しさも死ぬ苦しさも知らずにいれるのに。

 

そんなことを思う5月末

上手な 人との 付き合いかた

人の考え方なんてものはそうそう変わりやしない

二十何年かけて積み上げてきた良いところも悪いところも、いまさらになって取り繕って塗り替えたってすぐに剥げてしまうだけ

 

全く違う人生を送ってきて、変わらない変われない私たちが一緒に生きていく方法は

適正な距離を保って適度に妥協して適当に折り合いを付けて付き合っていくこと

 

誰だってそうだと思うの

着飾って格好つけたってどうせバレてしまうのだし

そうして向き合うことからすら逃げているから何も進まないんだよな

 

人間関係で大切なのは

受け流すこと、期待をしないこと、諦めることの3つだと思うよ

 

 

 

友達のつくりかた

これはもう自分の性分なのでどうしようもないのだけれど、誰かと四六時中一緒に居て、何をするにも一緒というのはあまり得意でない。

すごく気分屋で奔放な人間なので、その時にやりたい事をやりたいし、やりたくない事はやりたくない。

 

かと言って、誰かと過ごしたいと思わないわけではない。

(まぁ人よりは1人で何でも楽しめる方だと思っているけど)

でも大して仲良くない人と無理に合わせて気を使ってまで誰かと居たいわけでもない。

何か特別なことをしなくても適当に楽しめるし、気も使わないし、一緒にいても別のことをしている(それでいて気まずくない)ような関係が欲しい。

 

まぁつまりワガママなんです。

 

人との関係が深まるには共有した時間が大切なわけで、知り合ってすぐのお互いのこともよく知らない状態からたくさんの時間をかけて距離を縮めていく。

そういう過程をすっ飛ばして気が置けない関係を求めてるんだから、まぁそりゃ無理な話なのよね。

 

まぁでも気を使って社交辞令を重ねないと仲良くなれない人と無理に仲良くなる必要もないかなと思ってしまうので、友達が少ない。

 

呼吸困難

うまく息ができない

 

酸素を吸って二酸化炭素を吐くこと

生まれてから無意識でやってきたことなのに

意識した途端、一体今までどうやって呼吸をしていたのかわからなくなる

 

人は1人じゃ生きていけないんだって、そんなことはしってるけど

物理的経済的な話じゃなくて、精神面の話をすると

自分が誰かを必要とするから、誰かに必要とされるわけで

案外誰かがいなくても生きていけちゃうし、いてもいなくてもどうせ素直になれないから大して変わらないなぁと思っている私は

だから誰の1番にもなれないんだろうなと気付いた。

 

私は誰でもいいんだよ、自分を必要としてくれるなら

つまり私は誰も必要じゃないんだよ

どうせ内面を見せられやしないから

 

どんなに人工呼吸をしてもらったって、気管が塞がっていたら助からないようにつまり、そういうこと。

変わらないもの、変わりゆくもの

変わらないで欲しいと思うものがたくさんある。

 

真っ白のシーツ、ふわふわのぬいぐるみ、綺麗に巻けた髪、指先に乗った雪の結晶、落ちる前の燃えるような紅葉、水滴のついた蜘蛛の巣、そういう何か。

 

美しいものには終わりがあるから美しいのだとか聞いたことがあるけれど、終わらない美しさが1番良いに決まっている。

そこに変化なんて要らない。

 

儚さと?過程や工程も含めての美しさ?

わからんでもないけど、美しいものは今手元に残しておきたい、そういうものでしょ?

 

人間関係も同じくね。

今心地良い関係が永遠に続けばいいと思う。

関係の発展は求めていない。変化も求めてあない。

いつも適当にゆるく第三者でいられる感じが気に入ってるのに、大体周りはそうさせておいちゃくれない。

 

気が付けば、当事者。

 

勝手に周りで盛り上がられて、勝手に期待したくせに勝手に見損なわれて、よく分からないうちに離れていかれる。

 

なんだこれ。

 

変わらなくていいのに。

楽しい今がずっと続けばいいのに。

 

 

 

 

 

頑張らないように頑張っている。

 

また1年が終わる。

今年もこれと言って何もしてないけど、人生はただとりあえず生きているだけでもじわじわ経験値の入っていく緩いゲームみたいなものだから

頑張る元気もない時は頑張らなくてもいいと思うよ。

 

来年はもう少し頑張れますように。

って毎年いってる。