雀のしっぽ。

フィクションとノンフィクションです。

死なないための醜い言い訳とかなにか。

久々にここまで死にたい。

でも死ぬ時には、髪色を完璧に綺麗なピンクにする、と決めているのでとりあえず今日は死なない。

死ぬ時まで見栄を張る自分、すごく頭が悪そう。

そんなくだらない理由をつけてずるずる生きている自分、すごく滑稽。

 

 

 

時間が経つのは案外早い。

ここ1ヶ月私は随分とアクティブだった。

 

多分1月から11月までを全部合わせたより12月から動いたし、すこし張り切りすぎた。

思い切りと、ノリと、嫌われたくない気持ちだけで

色んなことを決めて、色んなことを始めて、色んなものを捨てた。

 

正直あんまり計画性とかはない。

今の自分にどこまで出来るのかも自信はない。

止まっていたものが動き出すのには物凄いエネルギーがいるわけで、じゃぁそんなエネルギーが今自分のどこにあるのかと言われたらよく分からない。

エネルギーというか、見栄とか体裁、嫌われたくないって気持ち。

 

理由があるとは言い訳しつつも「何も出来ていない自分」はクソだと思うし嫌いなので

そんな自分を好きな人に見せて、嫌われてしまうのが怖くて。

理由なんてそれだけ。

 

でもじゃぁそんな見栄だけでどこまで頑張れるのかってわからない。

むしろ、今日、明日、いつまたダメになってしまうのか。

私の気力がどこまで続いてくれるかって不安しかないな。

 

なんたって、1年半もずっと死んでいた。

毎日泣いてばかりいたし、目眩とか全身の痛みとか気持ち悪さとかで寝たきりだったし

何より、それをどうにか打破するという気力すら湧かずに、ただ自分の存在価値を否定し続けながら天井を眺めていた。

 

いつ死のうか、どうやって死のうか、いやもうそんなこと考えるのも面倒臭いから誰か殺してくれないかなって。

死ぬって案外めんどくさい、サラサラと砂になって消えられたらどんなに楽か。

 

なんにも食べられなくなって体重が40kg切ったり

真冬に川に沈みに行って風邪をひいたり

包丁を握ったまま朝まで座り込んで泣いていたり

 

我ながら振り返れば振り返るほど本当に頭のおかしい奴だと思う。

ていうかほんの2ヶ月くらい前迄そんな感じだった人が、この1ヶ月まともに生きている(普通の人からしたらまともじゃないんだろうけど)って結構奇跡だ。

 

そんな綱渡りみたいな状態で生きているので、ちょっと気を抜くとプッツリ切れそうになる。

というか、切れかける。

いやもう切れてるのかも。

 

何日も頭痛が治らない。

よく分からない耳鳴りがする。

いきなり理由のない希死念慮に追い込まれる。

理由はあるんだけど、気付かないふりをしてるだけかも。

そうしてなぜか泣いている。

 

久々に 「死にに行こうかな」って馬鹿みたいに寒いベランダで夜風を浴びながら思った。

 

死ぬ時に着る服は決めている

死ぬ時にするメイクも、聞く音楽も、最後に食べるものも、最後にツイートする言葉も

全部全部理想の形が決まっている。

 

でもきっと本当に最後はそんなこと何ひとつしないまま、ふっと。ぷつりと。終わってしまうんだろうなぁって思っている。

 

死なないためにこんなくだらない文章を書いている。

文章を書いてさえいれば、私はまだ生きていられる。

どんなに死にたくても、死にたい気持ちを反芻して、沼の底に沈んで、自分を否定し続けることで、生きていられる。

リストカットとかODとかってしたことないしする気もないけど、多分こういうところに死にたい気持ちを書いて読んで自分を否定して、死にたい自分を肯定することが私の精神的自傷行為

 

こんな風に死にたいって繰り返して

そんな私にまともさは欠片もないし、普通とは遠くかけ離れているし、人間の屑みたいなものなので

きっとどんどんボロが出ていく毎に幻滅されて最後は嫌われてしまうんだろうなぁって被害妄想をして

また、しにたいなぁって思う。

(その反面心のどこかで受け入れてほしいなんて思っているのはエゴだし、甘えだし、そんな自尊心のための押し付けはクソだと思う。)

 

まあ、きっと嫌われたってわたしはヘラヘラ笑って、なんでもないフリをしてサヨナラを言うんだ

そして誰もいないところでこっそり泣いて、またあの冷たい川で死体になるために生きるんだ。

 

 

今すぐ死んでしまえば、嫌われることもないんだから、その方がずっと幸せなんだろうに。

 

緑色に殺されたい。

まともになりたい。

普通になりたい。

生きいていいんだって自分を肯定できるような人間になりたい。

 

気が付いた時には、つらい時につらいって助けを求める方法が分からなくなってた。

 

子供の頃、転んで怪我をした時に「泣かなくていい子だね」って言われるでしょ。

だからまるで泣くのは悪いことみたいな気がして

いい子でいるために泣かなくなった。

嫌われないように泣かなくなった。

へらへら笑うようになった。

 

もうとっくにいい子なんかじゃないのに、人前で泣けなくなった。

 

 

人前で泣くのは、「可哀想な私」を振りまくみたいで、気持ち悪いなぁと思う。

 

どうしてみんな、悲しい時に悲しいって泣ける

んだろう。

どうしてみんな、自分の感情を躊躇いなく表に出して生きていられるんだろう。

 

人が死んだって泣けなかった。

死ねって言われたって泣けなかった。

殴られたって泣けなかった。

泣いちゃいけないって自分に言い聞かせていた。

 

泣いたら、負け。

 

感情の衝突で喧嘩になるし、

感情の差異で空気が読めないと言われるし、

ましてや、マイナスの感情なんて押し殺して、どこか狭い所へしまい込んで

にこにこして頷いてさえいれば平和にやっていけるんだからそれでいいじゃないか。

 

まぁ、そうやって押し込めてきた物が収まり切らなくなって、時々自分が潰されてしまうんだけど。

 

好きな人だからこそ嫌われたくないし

嫌われたくないからこそ見せたくないし

でもそれってつまりホントの私じゃなくって

上っ面で、猫かぶって、八方美人で

 

でもありのままの自分でも好きでいて貰える自信なんてないから

また私は「大丈夫」って嘘をつく。

 

今日だって ちょっと喋りすぎた。

失望されたかなぁ、嫌われたかなぁ、って

不安がぐるぐる煙に乗って渦をまく。

 

嫌われないって信じたい自分と

嫌われてしまった後のことを考える自分と

失望して私を嫌いになってしまった誰かと

私は何を信じたらいいんだろう?

 

あと何回「ほら、やっぱりね」って

作り笑ってサヨナラを言えばいいんだろう?

 

君の言う「ずっと」はいつまでなんだろう?

 

だからって「ずっと愛していてほしい」なんて重い言葉を口にするくらいなら

薄っぺらでもいいから不安なんてなくて幸せなフリをしていたい。

 

嫌われるのが怖い。

終わってしまうのが怖い。

自分ですら肯定出来ない私という存在を否定されてしまうのが怖い。

 

(自分で自分を肯定出来ないから、誰かに愛されて肯定されて生きているなんてなんだか愛玩動物みたいだけど。)

 

 

いつか流行った映画で

「ありのままの姿を見せる」なんて歌があったけれど

こんなダメな所だらけの自分で

いい所なんてひとつもないのに

どうやって自分自身を肯定しろっていうんだ。

 

 

やめたけど、また煙草でも吸おうかなぁ。

(全然ハマらなかったし、あっさり辞められてしまったし、結局金使いたくないから吸わないんだけどさ)

 

煙草は緩やかな自殺だそうだから、私も緩やかな自殺がしたい。

なんなら、ヒ素でも飲んで毎日少しずつ命を縮めたい。

 

(どうでもいいけど、エメラルドグリーンとかシェーレグリーンの色素にはヒ素が混ざっていて昔の画家はそれでよく中毒死をしたらしい。今は使われてないだろうけど、緑色に殺されるってなんか素敵。)

 

化けの皮が剥がれて、醜い私がむき出しになって、嫌われてしまう前に

綺麗なまま、好きな人に愛されたままそっと死にたい。

 

なんてことをしているから、きっとまた嫌われるんだろうな。

 

 

反省するなら死ね

 死にたいから反省します。

大晦日だしね、今年の振り返りをつらつらと。

 

私が今年の1月に書いた記事です。

 http://suzumenosippo.hatenablog.com/entry/2017/01/09/031237

 

f:id:suzumenosippo:20171231025113j:image

 

まぁつまり、呑気に大晦日の記事を書いてる私は見事に今年の目標を達成したんだね。

生きてるだけならハエでもできるんだけどね。

 

ちなみに

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こちらの表向きの目標は微塵も達成出来てません。

まぁこの1月の記事の時点でお風呂で更新してるんですけど。

今も風呂でこれ書いてるくらいだし…。

 

筋トレは、二月で終わりました。はいクソ。

彼氏がめちゃくちゃ細くて、めちゃくちゃ体重軽いので私も痩せないと死ぬなぁ(白目)

 

 

 

というわけで、今年の振り返り。

 

 

 

振り返るもクソも12月まで死んでました。

1月から11月まではひたすら引きこもりキメてたし

体調は悪くなる一方だったし

たしか今年の春手前くらい(曖昧)に病院通いをやめて

本当に生きるための努力をしなくなって。

 

死にたいって思わない日はほとんどなかったし

泣かなかった日の方が少ない気がするし

目眩で出掛けられなくなって

外出したらぶっ倒れて

電車にすら乗るのが怖くなって

本当にお布団から出れない生活をしてた。

 

今は、気力があるからちょっとマシかなぁ。

バイトも始めたし。

ここ最近はお出かけしてるし。

ほんの少しだけ前進。

 

でも相変わらず

出かける時は体調悪くならないかって不安だし

立ちっぱなしだと視界がホワイトアウトしてぶっ倒れるし

電車も座らないと乗れないし

気持ちの浮き沈みはすごくて、笑ってた3分後には死にたくなってたり。

 

手帳発行したけど、なーんの役にも立たないし

福祉制度なんてクソだなぁってあらためて思い知って

まぁそんなものに期待して助けを他人に求める方がアホなんだろうけど。

なんだか絶望した。

 

まぁそれは福祉だけじゃなくて、周りの人にもかな。

勝手に絶望しただけと言われればそれまでだけど、色んなものに終止符を打った。

 

 

期待するだけ無駄なんだろうし、

そもそも自分自身の問題なのに、自分がどうにも出来ていないことを他人に求めること自体が間違ってる。

それでもじゃぁ私はどうしたら良かったんだろう?

 

辛い時に「つらい」 と口に出すのが苦手で

助けを求めるのが苦手で

 

だってそんなこと口に出したって

「めんどくさいやつ」になるだけだし

誰かにどうにか出来るわけじゃないこと自分が一番分かっていて

 

だから黙っていたのに

「言ってくれなきゃ分からない」

「人には言えって言うくせに、お前は何も言わない」って言われて

 

やっと差し出された手を掴む気になって

つらいことを口に出して

 

じゃぁ何が叶ったの?

じゃぁ何が変わったの?

 

 

ここから逃げ出したいって、それがもちろん一番だけど

そんなことは無理だって分かってるし

そういうことじゃなくって

 

私の気持ちを救ってくれた?

 

本当に叶えなくていいから

嘘でもいいから

私に希望を持たせてくれた?

 

私は私が死なないために

自分で自分を殺してしまわないために

 

「もしかしたら幸せになれるかもしれない」

「生きていて良いかもしれない」

って希望が欲しかっただけで

 

じゃぁ

そう言ったら、誰か私に夢を見せてくれた?

 

残ったものなんて嘘ばっかりじゃないか。

 

まぁ何かをしてもらうことを望むばかりで、おまえは何かを差し出したのか?と言われたら

私は私なりに最善を尽くしたとしか答えられないし

それが相手にとってどうだったのかなんて分からないけれど。

 

 

 

まぁでも最後の最後でこの4年間全部無駄だったんだなぁって痛感したのは

 

私が一番どうしようもないこと、諦めてきたこと

そのせいで友達とも上手くいかなくて

そのせいでいつも疎外感を感じてて

 

それを 一言で吐き捨てられてしまったこと。

 

私だって、こんな所に生まれたくなかったよ。

私だって、そうなりたかったよ。

普通になりたいなんて、何度思ったか分からないよ。

 

それを理解してくれる人だって、あの場所の人はそういう人達だって思ってたから

私は彼らに会えたし、遊べたし、一緒にいられた。

 

そんなの気のせいだったのかもね。

 

だから今も

今度はそんなふうになりたくないから

また色んなことに蓋をして生きてる。

死にたい自分に蓋をして笑う。

 

反省だったのに趣旨がずれたね。

 

まとまってないけど、今年の振り返りはそんな感じ。

 

まあ、よく生きてたね自分。

生きていた自分にご褒美でピアスを増やしました。

これ繰り返すと1年に1つ増えるね。それはやばい。

 

こんなとこ見てるお暇な方、1年間お世話になりました。

良いお年をお迎えくださいませ。

 

 

あぁ、来年の目標は来年になってから考えます。

鬼が笑うから。

 

 

 

 

 

 

 

年末ですね

毎年、春と秋以外は

嫌い嫌いと駄々をこねてる気がするけど

年末年始はダントツで嫌いだ。

 

単純に親が休みだから。

 

クリスマス、年越し、正月ってイベント続きで

やりたくもない家族ごっこに付き合わされて

その度に機嫌を損ねないように

胃をキリキリさせながらニコニコしなきゃいけないから。

 

少し機嫌を損ねたら、声を荒らげて手を上げて

ていうかそもそも私のことなんか

殺したいくらい嫌いなくせに

 

 

そんなことはない

いい家族として上手くやっていきたいのにお前が乱してるだけだろ?

 

 

って言えるの

どんな神経してたら出来るんだろう。

 

薄っぺらの家族愛を語って

旅行だ外食だって家族ごっこをして

体裁のためにいい家族?

 

裏で娘殴ってるの最高にナンセンスで笑えるけどね。

 

仲良くなくていいし

そんなくだらない家族イベントしなくていいから

機嫌伺ってピリピリしなくていい家族が欲しかったなぁ。

生きたい気持ちが足りてない

誰かに包丁を突きつけられた時

あなたは泣けるだろうか?

 

まぁそもそもそんな経験すること自体ありえない事なんだろうけどね。

 

私は「ふーん」って突き出されたそれを見ていた。

 

 

殺したい、死んでほしい

 

そう相手が思っていることなんてとっくに分かっていたから尚更なんだろうけど

 

「あぁ、そんなに死んでほしいんだなぁ」

 

って

そんなかんじ。

 

生きることに対する執着とか

死に対する恐怖とか

私はそういう感覚がちょっと希薄なのかもしれないし

逆に案外みんなそんなものなのかもしれないし

 

実際のとこはわかんないけど。

 

死ねって言われて悲しい気持ちになるのは

誰しもが、誰かから生きることを望まれているという前提の上で生きているからで

私だってもちろんそうで

そうでありたかったはずで

 

でも日々殺意と憎悪を向け続けられた人って

多分そういうところが麻痺してしまうんだと思う。

 

じゃなきゃそんなこと悲しすぎるから。

 

あんまり向けられた悪意に悲しくなることはないな。

 

悪意を向けられることはそんなに大したことじゃない。

向けられていたはずの好意が消える事の方がよっぽど怖い。

 

 

ふと夜中にぐるぐると。

怖いものなんて何も無いと思ってた頃

親に殴られたって、蹴られたって

理不尽な罵声を浴びさせられたって

「私が悪いだけだ」って納得していた頃

「それが普通だ」って思い込んでいた頃

 

私は自分を生きていて良い存在だと 疑わなかった

 

いつの間にか

それが普通なんかじゃなくて

世間的にはDVって呼ばれるような行為で

私は愛されてなんかいないって気付いた頃

 

 

親に「生きていたのがお前じゃなかったら」と言われた頃

 

 

この家の中の全てが恐怖になった

 

 

いつか殺されるかもしれないって本気で思って

父親の帰ってくる足音を聞いては泣いて

隣の部屋から聞こえる笑い声は全部私を嘲笑うみたいに聞こえて

ついにはしないはずの罵声がどこにいても追いかけてくるようになった

 

多分あの幻聴が聞こえていた時が1番私が頭おかしくなってた時。

 

今はもうそんなもの聞こえないし

夜が近づく度に泣くこともなくなったけど

 

未だにふと

全ての物が私に「死ね」と囁いてくるような気がする。

 

例えば

たまたまひっかけて割れてしまった爪とか

 

例えば

出かけようとしたら降ってきた雨とか

 

例えば

送信に失敗したエラーメッセージとか

 

そういう些細な何か。

ただの被害妄想。

 

分かってはいるけど

日常の中のちょっとした「不運」が

全て私に向けられた殺意に感じる時があって

 

そんな時は

 

「なんで生きてるんだろう」

「何に望まれて、生きなくちゃいけないんだろう」

「死にてえな」

 

って

 

くだらない疑問が頭の中をぐるぐるする。

 

そんな時は誰かに

「生きてていいんだよ」って

「生きてて欲しい」って 言ってほしい。

 

だからって

そこらへんに「死にたい」をばらまいて

不幸自慢したって誰も楽しくならないし

 

私はあくまで

「何があってもあっけらかんとして、飄々とした人」でいたいから

 

なんとかかんとかやり過ごす。

 

顔を殴られて前歯の神経が死んだのも笑い話に出来たんだから

メンタルやられて仕事を辞めて何も出来なくなて「寄生虫」と呼ばれた話もそのうち笑い話に出来るよ。

 

こんなふうに、夜中にぐるぐる考え込む癖も

そんな時代があったなって笑い飛ばせる時が来るよ。

 

きっと、まだ、大丈夫。

まだ生きていて大丈夫。

 

Flamboyant

派手髪は英語で "Flamboyant hair" って言うらしい

日本だと「派手」ってちょっと聞こえの悪いような呼び方をするけど

英語だと「Flamboyant=華やかな」って言葉なのすごくいいなと思う。

 

*

 

高校を卒業してすぐ、毛先を真っ白になるまでブリーチして青に染めた。

 

好きな洋画に黒髪に青のメッシュを入れた女の子が出てきて、その子に憧れて派手髪を始めた。

なんていうのは建前で

もちろん趣味や憧れもあるんだけど

そんな安っぽいものじゃなくて、私の派手髪は

私が私であるための目印で

私の決意で、私の支えで、私自身だ。

 

なんでもかんでも親に縛られて

日々を恐怖と痛みで塗りつぶされて

私は、自分が何が好きで、何が正しいと思うのかを見極めてこなかった。  

品の悪いものに蓋をされ、偏見で目隠しをされ

親の意向にそぐわなければ殴られて

理不尽の針に刺されて飾られたから

仕方ないって諦めてその通りに生きてきた。

 

もう、いっそ死んでしまおうかな。

こんなの生きてても死んでても変わらないな。

まぁ特に未練もないし死んでもいいか。

誰か殺してくれないかな。

 

なんて。

 

自分で足掻くことすらせず

それで、そうして、そのまま惰性で生きて死んでいくんだろうと思っていた。

 

でもそんな人生はごめんだって

このままここで飼い慣らされて、彼らの標本になって

そんなのは嫌だって

私は私を見つけ出して、私は私になりたいって

私はまだ生きていたいって

そう思ったから

私が私のために、親に何を言われても何をされても貫き通した初めての事。

 

それが髪を染めること。

 

青になった髪で歩いた街は綺麗だった。

すれ違う人から好奇の目を向けられることが、あんなに楽しい日はなかった。

私が自分で選んで、そうなったってこと

嬉しくて嬉しくて嬉しくて。

 

あの日私はやっとこの世界に生まれた。

 

青色の産声。

私はここにいるよ、生きてるよってアピール。

自己肯定感。

やっと手に入れた、ひとつめのアイデンティティ

 

私は人間なんて容姿が8割だと思ってる。

どんなにいい子でも、どんなに優しい人でも

大抵は第一印象で決まってしまう。

第一印象なんてものは、容姿がそれなりに良くて、にこにこ明るくさえしていれば大抵どうにかなるんだから

それさえ作れてしまえばなんてことはない。

 

ずっと、根暗でブスで陰キャでつまらない自分が大嫌いだったから

嫌でも派手に見える格好をして、派手な髪をして、化粧を覚えて、その見た目に似合うニコニコ笑う自分を作り上げた。

 

第一印象「チャラそう」とか「パリピっぽい」なんて言われるようになって

それで良かったと思ってるし

そんなふうに見られるように、そういう自分を作っていたいなぁって思うし。

 

まぁ本質は全然そんなことなくて、暗いまんまなんだけど。

 

私はやっと私がしたいことをして

私のために生きられるようになった。

死ぬことじゃなく、生きている明日を

少しだけ望めるようになった。

 

華やかに生きたかった。

自分がそうなれないタイプの人間なのはとっくに分かってるから

せめてそういうフリをして生きたかった。

 

つまらないってわかってるところを歩いていくのは御免だったし

崖から落ちる夢ばかり見るのももう嫌だった。

 

だからまたこの先もそうやって華やかな私のフリをして

なりたい私を繕ってなんとか生きてくし

私が私らしさを見付けて、もう大丈夫これで生きていけるって思えるまで

派手髪はやめられない。

 

それが、私が、派手髪をした理由。