雀のしっぽ。

フィクションとノンフィクションです。

自分の人生を振り返っているうちに纏まらなくなった。

私はいい子にならなきゃいけなかった。

成績は一番じゃなきゃいけなかったし、絵も上手くなきゃいけなかった。学級委員にならなきゃいけなかったし、ピアノは学校で一番上手くなきゃいけなかった。先生からも友達からも「ちゅんちゃんはすごいね」って思われなきゃいけなかったし、私はそういう存在でいなければいけないことが当たり前だと思っていた。

小学生のうちから「一流大学に入るんだ」と刷り込まれて、そういうレールに乗った人生が当たり前だと思っていた。そして、まさか10年後の自分が正反対の所にいるなんて疑いもしなかった。

 

そのためにテレビやゲームやそういった娯楽を親に排除されることをそんなに苦痛としていなかったし、自分がいい子に出来なかった時に怒鳴られて殴られることも仕方ないと思っていた。

 

でもどんなにいい子にしても、ゲームもテレビも流行りの曲も何ひとつ知らない私はひとりだった。

誰とでも話せたし、誰とでも遊べた。でもグループを組めばいつも余った誰かと組まされて、いい子の私はそれを快く受け入れなきゃいけなくて、私はみんなの一番にはなれても、誰かの一番にはなれなかった。

 

そして友達に「ゲーム持ってないからちゅんちゃんとは遊ばない」と言われたあの日、私はいい子でいることを辞めた。

 

いい子でいることなんて望まなかった。私はただ普通になりたかった。でもとっくに周りからの私のイメージはいい子だったから、私は普通にはなれなかった。いい子じゃなくなるために悪いことをたくさんした。親はいい子でなくなった私を殴ったし、いい子でなくなった私は親が嫌いだった。いい子じゃなくなったことを病気のせいにするために虚言癖だアスペだと理由を付けられた。そして小児精神科送りにされた。

 

そんな環境から逃げたくて、ちょこっと受験勉強を再開して大したことない私立中学に入った。そこでもやっぱり普通になれなくて、今度は人前で食事が取れなくなった。初めて死にたいと思った。死のうとした。睡眠障害摂食障害なんて名前を付けられて、1年で公立に転校した。

 

転校した先で一番最初に話しかけてくれたのは学年で一番嫌われている子で、私はとばっちりでいじめの対象になった。きっかけはともかく、いじめなんて大体いじめられる側に原因はあるし、当時の私はお世辞にも見た目に気を使っている人ではなかったので当然と言えば当然だった。人間なんて大半は見た目だ。それを証拠に、ちょっと派手な格好をして、似たような趣味の友達とつるんで、一緒に学校をサボって、ヤンキーの彼氏が出来たら誰も私の悪口を言う人はいなくなっていた。摂食はその間にいつの間にか克服した。
多分私の顔面至上主義精神はここで形成されたと思う。

何にせよ私はまた普通にはなれなかった。相変わらず親には殴られたし、いい子じゃない私は死ねばいいと何度も言われた。私自身も普通が分からなくなっていたし、普通なんて自分から程遠い物に思えた。

 

そんな状態で全く勉強なんかしなかったのに、人生がイージーモードで高校に受かった。正確には、どうしても私をいい子にさせたい親が中学の校長を脅して高校の推薦を取り付けた。

大学付属の女子校で、成績さえそれなりに取っていればエスカレーター式で進学出来た。高校は結構好きだったし学校の中ではそれなりに普通に出来ていた気がした。それとは反対に体調はどんどん悪くなって、朝動けなくなったり電車で倒れたりするようになった。そしてネット禁止、門限7時、男友達禁止って縛りがたくさん出来て、守らないと親に殴られた。その度に死にたいってノートに書き殴って、やっぱり私は普通じゃなかった。居場所がなかった。肯定されたかった。

もう普通じゃなくたっていいから、私は私として生きていたかった。

 

高校を卒業してすぐ、髪を青に染めた。私はやっと私らしさを手に入れた。

4年も親元にいたくなかったので、大学への進学権を無断で放棄して専門学校に入った。めちゃくちゃ怒られた。当たり前だ。

ネイルとかメイクとか美容系の仕事がしたかった。「そんな職業で食べていけるわけがない、ちゃんとした企業に入れ」って全否定されて、妥協してWeb系の学科に入ったけど上手くいくわけもなかった。転科してデザイン科に入った頃には体調が最悪で、学校に通えなくなった。結局辞めた。

親の気に入らない物を私が選ぶ権利はないので、親が嫌いなバイト先は辞めさせられたし、髪も服装も友達も全て否定され続けた。いい子でない私は要らない物だったし、私は私でいることを否定された。どんなに存在を否定されても、どんなに生きていることを非難されても、派手髪をしている限りは私は自分を肯定出来る気がしていた。それが唯一のアイデンティティだったし今もそうだ。

 

毎日怒鳴られて、殴られることに怯えて、いい子の私を望まれて、親の機嫌を取ってニコニコして、1人になったら毎日泣いて、精神をすり減らしてぎりぎりの所で生きていた。

このままここに居たら、死んでしまうか殺してしまうかのどちらかだと思って、家を出ようと決めた。クソみたいな体調に鞭打って時給の良いフルタイムの仕事を始めた。

仕事は楽しかったし、好きな仕事だったし、職場はいい人ばかりだったけど、ある日朝起きたら体か動かなかった。全身原因不明の激痛で、トイレとベッドを往復するだけの生活になった。どうして普通になれないのって、毎日泣いた。

普通に生きたかった。普通になりたかった。普通に幸せだと思ってみたかった。

ただ毎日泣いて、死にたいって繰り返して、何回も死のうとして、元気がある日はSNSに自撮りを載せて自己顕示欲を満たしてそれで自分をやっと肯定出来て、月に2、3回家から出て、家から出る度に帰りたくなくて、仕方なく帰った後はまた死にたくて。

 

ここまできて小学生から通い続けた精神科でやっと「気分変調症」「自律神経失調症」と診断された。本当は中学生の時には診断されていたらしいんだけど、親が私に伝えないようにと頼んだらしい。医者ってクソだなと思った。どうせお金もないし、薬も効いた試しがないので行くのも辞めた。

福祉制度を使って家から出ようをして、保健所や市役所に相談に行ったけど、親の収入とか持ち家だとかそういう理由で私が受けられる制度はなかった。国ってクソだなと思った。障害者手帳とかいう、なんの足しにもならないコンプレックスの紙きれを手に入れた。

 

そうして死んだように生きて1年半。

 

同学年の友達が就職だ社会人2年目だと言っているのを横目に、こんな歳にもなって仕事はおろかバイトも出来なくて私はなんで生きてるんだろう、大嫌いな親に養ってもらって、それでも生きていなくちゃいけなくてどうして?

いい加減普通にならなくちゃ、頑張らなくちゃ嫌われてしまうって何かをする度結局上手くいかなくてまた死にたくて。

 

普通に起きて、普通の格好をして、普通の物を食べて、普通に家を出て、普通に仕事をして、普通の家に帰って、普通に笑って、普通に泣いて、普通に寝て、普通にまた明日を生きる。

それだけのことだよ。なのに何ひとつ普通に出来ない。

 

頑張れよ私。

 

死にたいなって毎日思って、もう幸せになりたいより、親への殺意より憎悪より、「全て失くして楽になりたい」で、なんで普通の人は生きていくことを当たり前に望めるだろうってとても不思議で、それでも結局死ねなくて、どうしてか生きていて、早く誰か私を殺して。

全部無駄

辛い時に誰かに助けてなんて言えないから

言ったところでなんにもならないことを知っているから

 

だから

汚いものは水に流すように

やり場のない死にたい気持ちは文字にして

 

こんなくだらないブログを書いたり

5人くらいしかフォローしていないTwitterアカウントで垂れ流したり

もう何年もにそうして生きてきたんだけど

 

なんかそれすら面倒くさくなった

(って言いながら今これを書いてるんだけど)

 

死にたい気持ちを言葉にして

死にたい自分を肯定出来たら

少しは楽になれる気がしていたんだけど

なんかそうでもなくなって

 

こんなこと書いてもなんの意味もないなぁって。

 

言ったって書いたって伝えたって

何も変わるわけじゃないんだから言葉なんていらないな。

 

死にそうで足掻いたって疲れたって

幸せになんかなれっこないんだから

とっとと死んじまえよってかんじ。

 

 

 

 

贖罪の塔

ごめんね私なんかで。

 

ごめんねこんな奴で。

 

ごめんね出会ってしまって。

 

ごめんね生きてて。

 

あと何をどれだけ謝ったら

私は普通になれるのか。

 

 

 

私、まるで疫病神みたい。

 

辛い。

 

死にたい。

 

 

 

怠け者は死ね

 

 

頑張りたくない。

 

頑張らなきゃまともにならなきゃ普通にならなきゃ嫌われてしまう

 

って自分を追い詰めれば追い詰めるほど

 

空回って 何も上手くいかない。

 

 

死にたい。

 

 

もう頑張りたくない。

幸せになんてなれなくていいから死んでしまいたい。

 

ここから出ることだって

普通の人生を送ることだって

誰かとどこかで幸せになることだって

 

どうせ私には無理なんだから

 

誰かと自分を比べたり

誰かの機嫌を伺ったり

誰かのために犠牲になったりしないで

 

ただ自分のためだけに死にたい。

 

 

 

 

頑張れなんて言われなくたって

もうずっと、必死に頑張って生きてきたよ。

 

 

 

これ以上何を頑張れと言うの。

 

これ以上何をどう頑張ったら、自分を救えるの。

 

 

もう何も頑張りたくないから、誰か早く殺して。

死なないための醜い言い訳とかなにか。

久々にここまで死にたい。

でも死ぬ時には、髪色を完璧に綺麗なピンクにする、と決めているのでとりあえず今日は死なない。

死ぬ時まで見栄を張る自分、すごく頭が悪そう。

そんなくだらない理由をつけてずるずる生きている自分、すごく滑稽。

 

 

 

時間が経つのは案外早い。

ここ1ヶ月私は随分とアクティブだった。

 

多分1月から11月までを全部合わせたより12月から動いたし、すこし張り切りすぎた。

思い切りと、ノリと、嫌われたくない気持ちだけで

色んなことを決めて、色んなことを始めて、色んなものを捨てた。

 

正直あんまり計画性とかはない。

今の自分にどこまで出来るのかも自信はない。

止まっていたものが動き出すのには物凄いエネルギーがいるわけで、じゃぁそんなエネルギーが今自分のどこにあるのかと言われたらよく分からない。

エネルギーというか、見栄とか体裁、嫌われたくないって気持ち。

 

理由があるとは言い訳しつつも「何も出来ていない自分」はクソだと思うし嫌いなので

そんな自分を好きな人に見せて、嫌われてしまうのが怖くて。

理由なんてそれだけ。

 

でもじゃぁそんな見栄だけでどこまで頑張れるのかってわからない。

むしろ、今日、明日、いつまたダメになってしまうのか。

私の気力がどこまで続いてくれるかって不安しかないな。

 

なんたって、1年半もずっと死んでいた。

毎日泣いてばかりいたし、目眩とか全身の痛みとか気持ち悪さとかで寝たきりだったし

何より、それをどうにか打破するという気力すら湧かずに、ただ自分の存在価値を否定し続けながら天井を眺めていた。

 

いつ死のうか、どうやって死のうか、いやもうそんなこと考えるのも面倒臭いから誰か殺してくれないかなって。

死ぬって案外めんどくさい、サラサラと砂になって消えられたらどんなに楽か。

 

なんにも食べられなくなって体重が40kg切ったり

真冬に川に沈みに行って風邪をひいたり

包丁を握ったまま朝まで座り込んで泣いていたり

 

我ながら振り返れば振り返るほど本当に頭のおかしい奴だと思う。

ていうかほんの2ヶ月くらい前迄そんな感じだった人が、この1ヶ月まともに生きている(普通の人からしたらまともじゃないんだろうけど)って結構奇跡だ。

 

そんな綱渡りみたいな状態で生きているので、ちょっと気を抜くとプッツリ切れそうになる。

というか、切れかける。

いやもう切れてるのかも。

 

何日も頭痛が治らない。

よく分からない耳鳴りがする。

いきなり理由のない希死念慮に追い込まれる。

理由はあるんだけど、気付かないふりをしてるだけかも。

そうしてなぜか泣いている。

 

久々に 「死にに行こうかな」って馬鹿みたいに寒いベランダで夜風を浴びながら思った。

 

死ぬ時に着る服は決めている

死ぬ時にするメイクも、聞く音楽も、最後に食べるものも、最後にツイートする言葉も

全部全部理想の形が決まっている。

 

でもきっと本当に最後はそんなこと何ひとつしないまま、ふっと。ぷつりと。終わってしまうんだろうなぁって思っている。

 

死なないためにこんなくだらない文章を書いている。

文章を書いてさえいれば、私はまだ生きていられる。

どんなに死にたくても、死にたい気持ちを反芻して、沼の底に沈んで、自分を否定し続けることで、生きていられる。

リストカットとかODとかってしたことないしする気もないけど、多分こういうところに死にたい気持ちを書いて読んで自分を否定して、死にたい自分を肯定することが私の精神的自傷行為

 

こんな風に死にたいって繰り返して

そんな私にまともさは欠片もないし、普通とは遠くかけ離れているし、人間の屑みたいなものなので

きっとどんどんボロが出ていく毎に幻滅されて最後は嫌われてしまうんだろうなぁって被害妄想をして

また、しにたいなぁって思う。

(その反面心のどこかで受け入れてほしいなんて思っているのはエゴだし、甘えだし、そんな自尊心のための押し付けはクソだと思う。)

 

まあ、きっと嫌われたってわたしはヘラヘラ笑って、なんでもないフリをしてサヨナラを言うんだ

そして誰もいないところでこっそり泣いて、またあの冷たい川で死体になるために生きるんだ。

 

 

今すぐ死んでしまえば、嫌われることもないんだから、その方がずっと幸せなんだろうに。

 

緑色に殺されたい。

まともになりたい。

普通になりたい。

生きいていいんだって自分を肯定できるような人間になりたい。

 

気が付いた時には、つらい時につらいって助けを求める方法が分からなくなってた。

 

子供の頃、転んで怪我をした時に「泣かなくていい子だね」って言われるでしょ。

だからまるで泣くのは悪いことみたいな気がして

いい子でいるために泣かなくなった。

嫌われないように泣かなくなった。

へらへら笑うようになった。

 

もうとっくにいい子なんかじゃないのに、人前で泣けなくなった。

 

 

人前で泣くのは、「可哀想な私」を振りまくみたいで、気持ち悪いなぁと思う。

 

どうしてみんな、悲しい時に悲しいって泣ける

んだろう。

どうしてみんな、自分の感情を躊躇いなく表に出して生きていられるんだろう。

 

人が死んだって泣けなかった。

死ねって言われたって泣けなかった。

殴られたって泣けなかった。

泣いちゃいけないって自分に言い聞かせていた。

 

泣いたら、負け。

 

感情の衝突で喧嘩になるし、

感情の差異で空気が読めないと言われるし、

ましてや、マイナスの感情なんて押し殺して、どこか狭い所へしまい込んで

にこにこして頷いてさえいれば平和にやっていけるんだからそれでいいじゃないか。

 

まぁ、そうやって押し込めてきた物が収まり切らなくなって、時々自分が潰されてしまうんだけど。

 

好きな人だからこそ嫌われたくないし

嫌われたくないからこそ見せたくないし

でもそれってつまりホントの私じゃなくって

上っ面で、猫かぶって、八方美人で

 

でもありのままの自分でも好きでいて貰える自信なんてないから

また私は「大丈夫」って嘘をつく。

 

今日だって ちょっと喋りすぎた。

失望されたかなぁ、嫌われたかなぁ、って

不安がぐるぐる煙に乗って渦をまく。

 

嫌われないって信じたい自分と

嫌われてしまった後のことを考える自分と

失望して私を嫌いになってしまった誰かと

私は何を信じたらいいんだろう?

 

あと何回「ほら、やっぱりね」って

作り笑ってサヨナラを言えばいいんだろう?

 

君の言う「ずっと」はいつまでなんだろう?

 

だからって「ずっと愛していてほしい」なんて重い言葉を口にするくらいなら

薄っぺらでもいいから不安なんてなくて幸せなフリをしていたい。

 

嫌われるのが怖い。

終わってしまうのが怖い。

自分ですら肯定出来ない私という存在を否定されてしまうのが怖い。

 

(自分で自分を肯定出来ないから、誰かに愛されて肯定されて生きているなんてなんだか愛玩動物みたいだけど。)

 

 

いつか流行った映画で

「ありのままの姿を見せる」なんて歌があったけれど

こんなダメな所だらけの自分で

いい所なんてひとつもないのに

どうやって自分自身を肯定しろっていうんだ。

 

 

やめたけど、また煙草でも吸おうかなぁ。

(全然ハマらなかったし、あっさり辞められてしまったし、結局金使いたくないから吸わないんだけどさ)

 

煙草は緩やかな自殺だそうだから、私も緩やかな自殺がしたい。

なんなら、ヒ素でも飲んで毎日少しずつ命を縮めたい。

 

(どうでもいいけど、エメラルドグリーンとかシェーレグリーンの色素にはヒ素が混ざっていて昔の画家はそれでよく中毒死をしたらしい。今は使われてないだろうけど、緑色に殺されるってなんか素敵。)

 

化けの皮が剥がれて、醜い私がむき出しになって、嫌われてしまう前に

綺麗なまま、好きな人に愛されたままそっと死にたい。

 

なんてことをしているから、きっとまた嫌われるんだろうな。

 

 

反省するなら死ね

 死にたいから反省します。

大晦日だしね、今年の振り返りをつらつらと。

 

私が今年の1月に書いた記事です。

 http://suzumenosippo.hatenablog.com/entry/2017/01/09/031237

 

f:id:suzumenosippo:20171231025113j:image

 

まぁつまり、呑気に大晦日の記事を書いてる私は見事に今年の目標を達成したんだね。

生きてるだけならハエでもできるんだけどね。

 

ちなみに

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こちらの表向きの目標は微塵も達成出来てません。

まぁこの1月の記事の時点でお風呂で更新してるんですけど。

今も風呂でこれ書いてるくらいだし…。

 

筋トレは、二月で終わりました。はいクソ。

彼氏がめちゃくちゃ細くて、めちゃくちゃ体重軽いので私も痩せないと死ぬなぁ(白目)

 

 

 

というわけで、今年の振り返り。

 

 

 

振り返るもクソも12月まで死んでました。

1月から11月まではひたすら引きこもりキメてたし

体調は悪くなる一方だったし

たしか今年の春手前くらい(曖昧)に病院通いをやめて

本当に生きるための努力をしなくなって。

 

死にたいって思わない日はほとんどなかったし

泣かなかった日の方が少ない気がするし

目眩で出掛けられなくなって

外出したらぶっ倒れて

電車にすら乗るのが怖くなって

本当にお布団から出れない生活をしてた。

 

今は、気力があるからちょっとマシかなぁ。

バイトも始めたし。

ここ最近はお出かけしてるし。

ほんの少しだけ前進。

 

でも相変わらず

出かける時は体調悪くならないかって不安だし

立ちっぱなしだと視界がホワイトアウトしてぶっ倒れるし

電車も座らないと乗れないし

気持ちの浮き沈みはすごくて、笑ってた3分後には死にたくなってたり。

 

手帳発行したけど、なーんの役にも立たないし

福祉制度なんてクソだなぁってあらためて思い知って

まぁそんなものに期待して助けを他人に求める方がアホなんだろうけど。

なんだか絶望した。

 

まぁそれは福祉だけじゃなくて、周りの人にもかな。

勝手に絶望しただけと言われればそれまでだけど、色んなものに終止符を打った。

 

 

期待するだけ無駄なんだろうし、

そもそも自分自身の問題なのに、自分がどうにも出来ていないことを他人に求めること自体が間違ってる。

それでもじゃぁ私はどうしたら良かったんだろう?

 

辛い時に「つらい」 と口に出すのが苦手で

助けを求めるのが苦手で

 

だってそんなこと口に出したって

「めんどくさいやつ」になるだけだし

誰かにどうにか出来るわけじゃないこと自分が一番分かっていて

 

だから黙っていたのに

「言ってくれなきゃ分からない」

「人には言えって言うくせに、お前は何も言わない」って言われて

 

やっと差し出された手を掴む気になって

つらいことを口に出して

 

じゃぁ何が叶ったの?

じゃぁ何が変わったの?

 

 

ここから逃げ出したいって、それがもちろん一番だけど

そんなことは無理だって分かってるし

そういうことじゃなくって

 

私の気持ちを救ってくれた?

 

本当に叶えなくていいから

嘘でもいいから

私に希望を持たせてくれた?

 

私は私が死なないために

自分で自分を殺してしまわないために

 

「もしかしたら幸せになれるかもしれない」

「生きていて良いかもしれない」

って希望が欲しかっただけで

 

じゃぁ

そう言ったら、誰か私に夢を見せてくれた?

 

残ったものなんて嘘ばっかりじゃないか。

 

まぁ何かをしてもらうことを望むばかりで、おまえは何かを差し出したのか?と言われたら

私は私なりに最善を尽くしたとしか答えられないし

それが相手にとってどうだったのかなんて分からないけれど。

 

 

 

まぁでも最後の最後でこの4年間全部無駄だったんだなぁって痛感したのは

 

私が一番どうしようもないこと、諦めてきたこと

そのせいで友達とも上手くいかなくて

そのせいでいつも疎外感を感じてて

 

それを 一言で吐き捨てられてしまったこと。

 

私だって、こんな所に生まれたくなかったよ。

私だって、そうなりたかったよ。

普通になりたいなんて、何度思ったか分からないよ。

 

それを理解してくれる人だって、あの場所の人はそういう人達だって思ってたから

私は彼らに会えたし、遊べたし、一緒にいられた。

 

そんなの気のせいだったのかもね。

 

だから今も

今度はそんなふうになりたくないから

また色んなことに蓋をして生きてる。

死にたい自分に蓋をして笑う。

 

反省だったのに趣旨がずれたね。

 

まとまってないけど、今年の振り返りはそんな感じ。

 

まあ、よく生きてたね自分。

生きていた自分にご褒美でピアスを増やしました。

これ繰り返すと1年に1つ増えるね。それはやばい。

 

こんなとこ見てるお暇な方、1年間お世話になりました。

良いお年をお迎えくださいませ。

 

 

あぁ、来年の目標は来年になってから考えます。

鬼が笑うから。